最終更新日: 2006年1月10日
モノを大切にする男の話
熊谷
 その男は、只のサラリーマンを40年近く続けてきて、今年は定年というのに殆ど蓄えがない。小遣いも

少ないから、当然高い買物は出来ないが、酒も弱いから「飲み代」は少なくてすむ。ところが困ったことに

趣味が多く、若い頃からかじったものを並べてみると、ステレオ作成(アンプ、スピーカーBOX−これは何

セットも売ったという)音楽鑑賞、釣り、登山、カメラ、油絵、ボーリング、ゴルフ、サイクリング、スキー

日曜大工、テニス、ドライブ、庭木剪定−となるそうだが、どれも期間限定的で最長で5年位だという

からレベルは知れたものだろう。そんな中で唯一今でも続けているものが自分で自転車を組み立てサイ

クリングに出かける事だと聞いて、見た目よりは健全な精神の持ち主だと分かった次第。そんな男が

自転車に目覚めたのは実に45午前中学3年生の時だった。貧乏な親だったが通学用に買ってくれた

富士自転車製の黒塗りの実用車を、毎日機械油で磨いていたので、その自転車は油がしみこんで

黒光りしていたという。大切な自転車だが高校2年生の時、友達と二人乗りのまま歩道に乗り上げた

らホークがポッキリいってしまった。ところが当時は近所に鍛冶屋が3件もあったから修理には困らず

一番近いところで50円で直してもらったという。またその自転車でよく鎌倉や江ノ島へ毎月のように

サイクリングに出掛けたという。そんな時には、実用車のロッドブレーキのバーを握り前傾姿勢をとり、

京浜第2国道を競輪選手と競争をしながらブッ飛ばしていた。そんな男もやがて就職をして、只の

サラリーマンとなったのだが、仕事は営業関係だったので、8回の転勤と13回の引越しを経験したと

いう。大阪勤務の時に、大学のサイクリング部にいたという同僚から譲ってもらった片倉シルクのラン

ドナーは、全てのパーツを取り換えて35年間、今でも現役でそれもピカピカだ。ただしパーツは普及

品ばかりというから、「寿司」のグレードで言えば松・竹・梅の梅パーツだとか。また札幌勤務のときに

は、冬のスキーを結構やっていてシーズンになると毎週土日に近所のスキー場に出掛け、1シーズン

に50回以上滑っていたから4年間で200回以上滑ったらしい。そして春になって雪が解けるとマンシ

ョンの駐輪場に転勤族が置いていった自転車が山になっていたのでロードエースという27インチの

通学用スポーツ車を頂いた。そしてWレバー、ポンプペグを直付けし、マットガードを取替えて輪行

仕様車を作ったが当然梅パーツだった。その自転車で利尻一周や支笏湖、そして本格的なパス

ハンにもよく行っていたという。その後この自転車は二人の息子の通学用に6年間、直し直し使用

していたというから、メンテナンス次第で随分長持ちするものだ。パーツも梅から竹にグレードアップ

すると梅が余り、その辺をポタリングする自転車をまた作りたくなってしまうらしい。最新作は後輪が

内装7段、チェーンホイールが3段、従って後ギアはシングルだがテンション取りにデイレリラーが付い

ている「お買物」用の自転車である。すでにランドナー3台、スポルティーフ2台、ロード3台、タンデム

1台、クロス1台、変な買物自転車1台と11台の自転車があるのに、フレームがあれば梅と少々の

竹パーツでまたまた作りたくなってしまうという。もうそろそろ還暦なのだから、最後に「松パーツ」の

ビンテージモデルでも作ってみてはどうなのかとお節介を焼きたくなる。長い付き合いだし趣味の話だ

から、私にはこの友人のモノを作るという気持ちが理解出来なくはない。それにしても1台くらい譲って

くれてもいいのにと思っているのだが「モノを大切にする男だからそれも無理」と諦めている。

YMCC 30周年記念誌 原稿

(思いつくままに45分くらいで仕上げたから中途半端で不満足だけど原稿取りがウルサイのでペンを

置く)