奥の細道ツーリング
2009年5月2日〜5月8日
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はじめに

今年のウチの会社の春の連休は、なんと12連休もあった。噂に依ると「百年に一度の大不況」とかいう奴が関係しているらしい。細かいことは良く解らないが、きっと今回を逃すと次の機会は百年後に違いない。それは大変だ。この折角の連休をどう有効に使おうか?と考えて、これまでやった事がない自転車旅行をしたいな、と思った。

真っ先に考えたのは海外旅行だった。僕には以前から「ドイツ-フランスを走りたいなー」という思いがある。昨年クラブでN氏とY氏から報告されたヨーロッパ旅行の話には想像が膨らんだ。ライン川下りもしたいしドレスデンの五月祭りにも行きたい、ルーブル美術館には丸一日はかけたい、などなど夢は枯野を駆け巡る。いや、「枯」は余計だが。

がしかし現実は厳しいもので金が無い。いきなりショボイ手の平をじっと見るような話で恐縮だが、それならそれ、できる範囲を最大限に楽しもう。昔のフランスの偉い人も「パンが無ければブリオッシュを食え」と池田勇人風の事を言ったらしい。その心意気だ。持っていないものを嘆くよりも、今持つものをどう生かすかが肝要だ。いま俺いいこと言った。

もし海外旅行に行くとなったら行うであろう長距離ツーリングを想定して、今自分が持つ自転車で、自分はどれくらい走れるのか試してみよう。

旅行計画の概要

ちょうど都合が良いことに、連休に僕は一度岩手の実家に帰らなければいけない。そこから現在住んでいる相模原まで700km程度を自分のペースで走ってみよう。僕の今までの経験は、一日の最大走行距離は100km、旅行で連日走るといっても30km×3日程度が最大だ。なのでこの計画は少なく見積もってもこれまでの倍以上の負荷をかけたものになる。

まず旅行の目的を整理しよう。この実験的なツーリングで僕が知りたいのは、

などだ。

僕のような初心者があえて書くのもおこがましいが、筋力や平衡感覚など運動能力だけが走る能力ではない。ペース配分のセンス、マシンメンテナンスの知識、路面状況・交通状況判断力、そのほか諸々のトータルバランスが重要だ。これらに関する情報は本や WEB を探せば見つかるが、それらを生きた知識とをしてまとめ上げるには自分の経験が必要だ。

つまり、この旅行の最大の目的は次の点だ。

準備

一日の走行距離

スケジュールは大まかに前半3日と後半4〜5日に分けた。前半は足慣らしとペース確認を主目的としている。そして前半の走行結果をもとに、後半のペースを決める。もちろん、途中で断念する可能性も考慮する。

漠然と、自分は100[km/日]程度は走れる自信があるので、前半は70〜100[km/日]程度で走ることにした。後半は120〜[km/日]くらいだろう。

体調管理

ビール禁止!

旅行期間中の体調を保つには、如何に体に無理をかけないかが重要だろうと考えた。体は冷やさない。日に三度バランスの良い食事を摂る。暴飲暴食はしない。十分な睡眠をとる。そして尾籠な話だが、ちゃんと出すのも重要だ。当たり前すぎる話ばかりである。これらの点を考えて、必要な衣類、雨具を新たに購入したり、休憩タイミングのイメージを作ったりした。そして自分にとって過去に経験が無い野宿は止め、全宿泊にホテルを確保することとした。

苦渋の選択だが旅行中に酒は断つ事にした。一日走って夜に飲むビールは格別に旨いのだが、僕は酒が入ると食が進み過ぎて翌日に胃が重くなるきらいがある。人によっては「それくらい食事量をセーブすりゃいいじゃないか」と思われるかもしれないが、僕にとってはそれが難しい。酒が入ってる状態でそのルールを守るよりは、素面で酒断ちのルールを守る方がよほど楽なのだ。早い話、精神力の弱い男が生きる知恵の一つである。

マシンメンテナンス

トランクバッグ

僕にとって旅行中にできるメンテナンスは限られる。せいぜいパンク修理とディレイラー調整、強いて挙げれば宿でチェーンとスプロケットの汚れ落とし&オイル差しをするくらいのものだ。ホイールの振れ取りは出来ない!(開き直り)。

なので新たに準備するものもそれほどない、チューブ、パンク修理パッチ、古ハブラシ、チェーンオイル、インフレーターにミニツール(ヘキサゴンレンチとドライバーのコンパクトセット)など。いつもツーリングに持っていくものばかりだ。

その他

あと考えられるトラブルは?事故?病気?怪我?金欠?...、保険証に携帯電話に薬などそれらトラブルに応じて準備をすると、荷物はそれなりになった。今回はリアキャリアとトランクバッグを新たに購入した。

ツーリング前半

5月2日

さて、出発だ。

水芭蕉 春の小川はさらさら

岩手県二戸市にある実家を朝に発つ。天気は上々、気持ち良い。道路沿いでは染井吉野や辛夷がまだ残っている。山桜は今が盛りか。蕗の薹は伸びすぎだ。鶯の声がにぎやかだ。次から次に見え聞こえするあれこれは、僕にとってはとてもとても懐かしい故郷の春の風情だ。

峠に差し掛かったら沢が見えた。春の小川はさらさらと、とてもやさしく流れてゆく。水仙と水芭蕉が咲いていた。

中山峠

二戸から盛岡までのルートの途中にある "中山峠" は国道4号線内の最高度地点だ。初日にいきなり最高難度ルートとも言えるが、一方でこの二戸-盛岡ルートは、学生時代に何度も行き来したことがあり、どこにどんなカーブや坂があるかを熟知もしている。勝手知ったルートではペース配分も易しい。そのため難なく越えることができた。

それにしても学生時代には自転車に全く興味が無かったので、まさかここを自転車で通る日が来るだろうとは思ってもいなかった。十年をひと昔というならば、それは今からふた昔半もまえのことになる。

そして一日目の予定コース78kmを8時間程度で走り終えた(食事時間含む)。脚は十分余裕がありすぎで走り足りない位だ。天気も良いし、小岩井農場あたりまで少し足を延ばそうかとも思ったが、今日は初日。ツーリングはまだ始まったばかりだ。明日以降に向けた調整を第一に考え、今日はここまでとした。

夜は親戚の家に泊まる。

5月3日

今日も晴れ。気持ち良く走れそうだ。今日のルートは一関までの100km強。途中平泉では中尊寺に寄る予定である。昨日のペースを考えると問題ないだろう。

昨日走ったルートと違い、今日から走るのは初めての道だ。どんな景色が見えるのか、どんな目に会うのか、楽しみだ。脳内iPodではノリのいい曲がガンガン流れている。きっと血液検査したらアドレナリン過多と診断されたに違いない。はやる気持ちを抑えつつ、出発前に自転車のチェック。どんなトラブルでも来るなら来い!というハイな気分でタイヤに空気を入れていたらインフレータ(空気入れ)の金具がいきなり割れた。

おいおい、と瞬時に冷める。先行きを暗示しているようで不吉だ。しかしここで適切なトラブル対応を取れるかどうかが今回のツーリングの目的の一つであることを思い出し、出発してすぐに盛岡八幡宮にお参りする。一時はどうなる事かと思ったが、これで良し。対応終了だ。

さて、盛岡以南の道路は北上盆地のほぼ中央を通り退屈なほど平坦だ。観光地近くでもなければ道路の交通量もまばらなもので、のほほんと走ることができる。景色を見つついろいろ考えるのも楽しい。

僕の故郷である県北の山の中の景色と比べると、岩手県南は開けた盆地に田んぼが広がり如何にも米どころという風だ。米以外にも農産物に恵まれている印象があるせいか、よく言えば豊かな、やや悪く言えばのんびりとした感じを僕は受ける。

中尊寺の鐘

水沢を過ぎたあたりで見かけたトラクター屋の看板に「男のロマン」と書かれていた。なんだそれ、と最初は笑ったが、道具に想いを込めるというのは解らないでもない。現に自分だって自転車にそこそこ想いがある。趣味のものでもそうなのだから、仕事に使う道具を想うのは当然なのだろう。

などとつらつら考えているいるうちに平泉に着いた。ちょうど「あずま下り」とかいう祭りをやっていてすごく混雑していたので、人波が静まってから本堂に向かう。

今日の無事を感謝し、明日以降にいい経験に出会えるようお願いをした。

5月4日

昨夜の宿は一関郊外のビジネスホテルだ。夕べのうちに自転車のタイヤの異物チェック、空気圧チェック、ブレーキシューのブラッシング、スプロケットの埃落としなどなど考えられる限りのメンテナンスはしておいた。そして出発前に試乗したところ、昨日までと勝手が違うことに気づいた。

尻が痛いのだ。

体重かけ過ぎかなあ。クッションパッド履いた方が良いのかなあ。などと考えたが、まあ走れない程ではないので、今日はこのまま仙台まで向かうことにした。今日のルートも110km程度。体調がおかしくなったらその場で対処しよう。そしてもし仙台に着いて尻の痛みが増している様だったらそこでクッションパッドを買えばいい。

出発して200km

宿を出て少し走ると宮城県に入った。実家を出発してちょうど200km地点。改めて岩手県の広さを実感した。

さて、ここで質問。皆様のお好きな道路勾配はどのくらいでしょうか?

下り大好きという人もいるだろうし、上りに限るという方もいらっしゃることと思うが、僕は後者、上り好きだ。何でいきなりこんな話題を出したかというと、岩手県南から宮城にかけて現れる坂は僕の好みにとてもよく合ったからだ。なかでもこの一関から栗原にかけての県境に表れる坂、それから昨日走ったルートで平泉の白鳥川から衣川地区にかけての坂は、斜度といい長さといい、僕にとっては今回のツーリングで1,2を争う良坂だった。一関市長には感謝状を出したいくらいだ。きっといつかまた走りに行くだろう。

青葉神社

仙台に近づくと、段々交通量も増してくる。都会になって、僕としてはあまり楽しくない景色になって、気づくとすっかり市街地に入っていた。少し時間に余裕があるので青葉神社と大崎八幡宮に行く。

それにしても、あちこちの神社にキティちゃんグッズがあるのは何故なんだろうか。自分の趣味を押しつける気はないが、僕としては強い違和感を持ってしまう。なんとかならないもんかなあ。狛犬で十分可愛いと思うんだけどなあ。

そして仙台で宿に入る。昨日同様自転車のメンテをしていて、フロントハブの回転がちょっと重いことに気付く。リアのそれと比べると明らかに異なり、埃か何か異物が混入しているようなざらついた手ごたえがある。ばらしてグリスアップしなおしたいところだが、レンチもグリスも持ってきていない。とりあえずだましだまし走って毎日チェックすることにする。グリスアップは相模原に帰ってから行おう。

ところで、何か忘れていることがあるような気がする。なんだったっけ?シャワー浴びてベッドに入って思い出した。俺、尻が痛かったんだった。まあ、もう眠いからいいことにしよう。

ツーリング後半

5月5日

朝、目が覚めた。青い空。いい天気。雀が鳴いている。

嬉しい朝だ。このツーリングに対する不安はだいぶ減ってきた。自分のペースがかなり掴めて先の見通しが立ってきたからだ。よほどの事故がない限りこのツーリングは多分いける。もちろん油断は禁物だが、心配の種はごっそり削れて気分はとても晴れやかだ。

この三日間の経験から推定するに、僕は走りに徹すればこの自転車で150[km/日]の連日走行はこなせそうだ。食事時間や休憩を切り詰めれば最大で180[km/日]は行けそうだが、今回のツーリングはそういう限界に挑戦するものではない。残り400[km]強、無難に120[km/日]以下で宿を取ることにした。

さて、後半の予定も決まった。気分も晴れやかに今日は少し寄り道をしていこう。行先は松島だ。

以前から松島にある瑞巌寺に一度行ってみたいと思っていた。綺麗な寺だと聞いている。また松島も風光明媚なところらしい。しかし岩手が故郷である僕にとって仙台は帰省列車の途中駅。敢えて降りるには中途半端な場所だった。今回はちょうどいい機会だ。

仙台から松島までは30km程度、途中に険しい坂もなく、ちょっと物足りない走りであっさりと到着する。そして瑞巌寺を参拝した。

瑞巌寺 七宝文様

噂通りの凝った作りだ。七宝文様の緻密さはケルト文様やモザイクタイルに通じる幾何学的な調和が有って、理系の心に訴える美しさがある。その昔ピタゴラスもタイルの配置に見入っているうち三平方の定理を見つけたとか聞く。この文様を見て一筆書きを試みたり幾何学の規則を見出したり、中には群論にあてはめたりいろんな数学的な思索を巡らせる子供がきっといるに違いない。なんて思うと楽しくなる。

文様以外にも境内はあちこち綺麗に手入れされている。本堂をぐるりと巡ると、裏手でかじか蛙が鳴いていた。コロコロケロと可愛い声だがちょっと出来すぎの感じがした。本物かなあ、あれ。町中の交差点で啼く郭公の仲間じゃなかろうか。

寺を十分堪能したのち昼ごはんを食べに松島市街をぶらつく。観光地飯屋から漂う魚やら貝やら焼いてる香りがたまらない。香ばしさに負けて焼き烏賊とサザエの壷焼きをいただく。本当は牡蠣も食べたかったのだが、「Rのつかない月に牡蠣は食べるな」とか言うのでやめておいた。"Rokugatsu" に来なかったことが悔やまれる。

松島から白石までは一度仙台に戻るルートで80kmを走ることになる。がしかし、...思い出しても恨めしいが、仙台のバイパスは自転車にとってとても走りにくい道だった。交差点、信号が多くてストップ&ゴーを繰り返す、時間がかかる割にたいして進みもしない。膝に疲れが溜まり痛くなってきた。

いままで仙台は好きな町の一つだったのだが、残念ながらこの経験でちょっと印象が悪くなってしまった。昨日、一昨日の平泉〜一関の道路が走りやすかったのと比べて天地程の差がある。岩沼以南はまあ走りやすかったが、全体的にみると今日の道路はいまいちだった。きっと仙台にはもう敢えて自転車で行くことはないような気がする。

それにしても今朝は調子良く目覚めたというのに。午後の運勢は下り坂だったようで残念だ。しかし「塞翁が馬」である。今日悪い分、明日が良くなることを期待しよう。自転車の手入れをして今日の反省などをして床に就く。

真夜中に猛烈な腹痛で目が覚めた。昼飯のせいかな。

5月6日

目が覚めたら今日は雨。

昨日からの不運は今日も続いているようだ。がっかりするが、逆に不運が続いているならその分気を引き締めていかなければいけない。今日は白河まで120km。しっかりと雨具の準備をして出発する。

出発すると、すぐに国見峠にさしかかる。好きな傾斜の上り道だが雨で気分は下向きだ。晴れていればどんなに良かったろうとえっちらおっちら漕いで行くうち気づいたが、昨日仙台で感じた膝痛はほとんど感じない。どうやら坂道と街走り(ストップ&ゴーの繰り返し)では膝への負荷が違うらしい。

しかし、変だ。考えてみるといつも通勤の時にはこの自転車で街を走っているのに膝痛など起きない。なぜ今回仙台でそうなったかと考えると、おそらく走り方が普段と違っていたからではなかろうか。ギア操作と踏み込み方の感覚が、いつもの通勤走りと今回のツーリングではだいぶ異なっている。思い返してみると、「道によって走り方を変える」というのは以前に本か何かで読んだような気もする。もしかして、この事か?

解ったような解らないような微妙な感じだがなにか掴みかけているような気もする。シフト操作とか漕ぎ方とかをあれこれ試しているうち峠に着いた。

サンヨーの黄桃缶詰

雨はやんでいる。けれどいつまた降りだすかわからない空模様だ。濡れた体での下り坂は体が冷えることもあり、風避けの意味も兼ねて雨具は着たまま走り続けた。

国見を過ぎると桑折という町に入る。ここは小さい町のようだがなぜか道路幅が広くてとても走りやすい。道端のお店の看板を見るとどうやら桃が名産らしい。も少し前の季節に来たかったなあ、などと思って下っていたら、「サンヨー缶詰倉庫」という建物が目に入った。

サンヨー缶詰!といえば果物の缶詰。特に黄桃の缶詰、所謂モモカンは僕の大好物の一つだ。ビール工場見学や酒蔵見学みたいに、モモカン工場見学が有ったら行ってみたいくらい好きである。そうかこの桑折の桃が使われているのか、と思うと急に親近感が湧いてきた。

旅行のお土産に本場の出来立てモモカンを買っていこうかとも思ったが、缶詰は重すぎて自転車ツーリングの土産にはあまり向いていない。しかも冷静に考えてみると、本場も何も、どこにでもある缶詰だ。まあいい、今回は先を急ごう。白石 - 福島はいつかまた桃の季節に走りに来よう。

福島から白河に向けては少しづつの上り坂。雨は降ったり止んだり。道についても景色についてもそれほどの印象も残っていない、走っていたらいつの間にか白河に着いていた。白河で土産に煎餅を買う。煎餅屋のおねえさんが「神奈川まで自転車で行くんですか?すごいですね!」と驚いてくれたのでちょっと照れる。もう少しいい格好してくれば良かった。ヘルメットで髪型おかしくなっていなかったかな。

宿に入り、雨天走行の汚れを落とす。できるだけ自転車の水気を拭き取って、チェーンにはオイルを差す。ちなみにオイルはドライルーブで雨天用ではないのだがやむを得ない。フロントハブの回転が気になるのは相変わらず。しかし、特に悪くもなっていないようなのでこのツーリング中は大丈夫だろう。

明日はいい日でありますように。

5月7日

今日の天気は曇り。雨よりマシ、という程度。

昨日の雨天走行ではそれなりに疲れたらしい。朝はなかなか起きられなかった。今日の予定は古河までの130km程度とこれまでで最長。本当は早目に出発するつもりでいたのだが、なんやかんやで出発予定は一時間もオーバーしてしまった。のたりのたりと出発するが、気が重い。ほんの二日前には「頑張れば一日180kmもいけるぞ」と息巻いていたのが嘘のようだ。

と、ここで、自分が危ない状況にあることに気付く。それは走りに対する興味を失っているということだ。

体力の低下と天候の悪さが走る楽しみを奪い気力を削いでいるようだ。うーん、こう来たか。これはツーリング前には予測していなかったなあ。走りに飽きるとは思っていなかった。こういった気力の無さはとても危ない。今はともかく近いうちに何かしらのトラブルを招く可能性が高い。これは自転車に限った話ではなくて、これまでの経験による勘だ。

白河を出て那須高原を超えるとだらだらとした下りが続く。1時間ほどユルく下ってコンビニでトイレ休憩、いつもなら水とか麦茶とかを買うのだが、今は甘い飲み物が欲しい。

明らかに疲れている。少し休んだ方が良さそうだ。

無理して走って事故るのはばかばかしいが、さりとて安易にリタイアするのも悔いが残る。安全に実行できる計画を組みなおさなければいけない。問題は気力と体力の低下だ。

宇都宮 昼ごはん

まず「今日は全体で130km走らなきゃいけない」という義務感を捨てよう。幸いにして走行ルートはすべて鉄道沿いだ。1時間に一回程度は休憩をとり、無理だと思ったらすぐに電車に乗るくらいの気楽さが丁度いいだろう。次に「ただ目的地に向かう」というつまらない走りのイメージはやめよう。折角のツーリング、楽しまなければ勿体無い。曇り空で景色が映えないのなら、途中に楽しめそうな目標を入れるのがいいかもしれない。たとえば宇都宮でラーメンと餃子を食べるのなんてどうだろう。

などと考えたら、少し肩の力が抜けてきた。

血糖値も上がってきたようだ。気持ちも上向いてきて、コンビニを出発する。相変わらずの曇り空だがなんだかさっきより明るく見える。気持ちが晴れて視界が広がったようだ。

などと思っていたら、サングラスが無いことに気づいた。

やってしまった。さっきのコンビニで外した後忘れてきたらしい。世界が明るく見える訳だ。どうしよう、戻ろうか?とも思ったが、戻りは上り坂だ。確かに上りは嫌いじゃないと言ったものの、今日はちょっと勘弁してほしい。しょうがない、あきらめることにする。

リュックサックのカギ

「忘れ物」は、旅行の際のトラブルの一つだ。これに対して僕は事前に

というルールを作っていた。しかし、サングラスは盲点だった。常に身につけているから大丈夫、と思っていたが、今日は注意力が緩んでいたようだ。よく覚えていないが、リアキャリアの上に置いたまま走り出してしまったような気がする。何処か途中で落としたんだろう。

買いなおしたサングラス

自転車ツーリング中にサングラスが無いのは致命的だ。大してスピードを出していなくても、虫や埃が目に入ればダメージは大きい。宇都宮で昼食を取った後、ホームセンターの自転車コーナーでサングラスを買う。あまり気に入らないデザインだがこの際贅沢はいっていられない。

昼ごはんを食べた後は、サングラス有無の錯覚ではなく本当に天気は回復してきた。そうするとあちこち景色を見ていても楽しい。それなりに気分も上を向いてきて走る楽しみが戻ってくる。しばらくして小山市通過。そして4時過ぎに古河に着く。全体に下り坂コースだったせいもあるが、当初の予想よりもずっと早く楽に走ることができた。

ホテルの近くに大きいスーパーがあったので、柑橘系の果物とか生野菜とか、美味しくビタミンを取れそうな新鮮食材を買い込み食いまくる。その後ホテルのジャグジーに行き、旅の疲れを洗い流す。今日は自転車の手入れは最小限にして、さっさと寝ることにした。

サングラスを失ったこと、注意力が散漫だったこと、そこに至る迄の体調管理が不十分だったことなど反省点は多いが、この程度のトラブルで済んで良かったと思うことにする。

5月8日

朝起きて外を見ると降っている。テレビの天気予報を見ると今日は一日雨らしい。

最終日が最悪の天候、とは何とも恨めしい。古河から淵野辺まではただでさえとても走りにくいルートだ。埼玉から都内にかけては交通量が多い産業道路を継いでいく必要があり、神経を使うことが予想される。それに加えて雨か。非常に不安だ。

けれど、まあ、行ってみよう。一週間も走っていればこんな日だってあるだろう。それがたまたま最終日ってだけの話だ。雨天走行の準備はしているし、首都圏は鉄道網も整っている。緊急時避難のしやすさはむしろこれまでより良いはずだ。

などと考えた。なんか昨日に比べると気力も復活していることに気付く。行ける気がする、というか、行ってみたい。

側溝の蓋 敷鉄板

気合い入れて出発だ。雨脚はそれなりに強い。こんな日の道路にはタイヤが滑る危険なものがいっぱい現れる。水たまりはもとより、ちょっとした段差、工事現場の敷鉄板や側溝のグレーティングなど、天気が良ければ気にならないそれらのものも今日は危ない。見逃さないように気をつけよう。それから急ブレーキは絶対禁止だ。

古河から少し走ると利根川が見えた。五月雨を集めて堂々とした姿だ。川幅は広く橋は長い。ほれぼれと見とれていたが、いざ渡り始めると結構高さがある。「落っこちたらどうしよう」なんて考えはじめたら、途端に欄干が低く見えてきた。

ちょっと欄干から距離をおきたい、と思うが、その一方で右側では大型のトラックやトレーラーが猛烈な勢いで走っていくのでそうもいかない。これはこれで、巻き込まれたらひとたまりもないだろう。左も右も地獄である。自転車を止めて歩いて渡ろうかとも思ったが、ブレーキ操作を誤ってこけたりしたら怪我では済まないような気がする。橋の上には逃げ場もなく、このまままっすぐ進むしか道はない。不安と恐怖と絶望が次第に頭の中で広がっていく。堪らない怖さだ。

焦っても弱気になってもふらつきそうだ。「左右を見るな、まっすぐだ」と自分に言い聞かせ、無理やり気持ちを押さえつける。やっとのことで橋を渡り終えた時には肩から手首までこわばっていた。

自転車を降り、軽くストレッチなどしながら呼吸を整える。もうこの橋は二度と走りたくないが、もし次にどうしても走らなければいけない事になったとしたら絶対に歩道を行こう。

ダンプ

利根川を渡るとすぐに栗橋に着く。ここでこれまで長く長く走ってきた国道4号線に別れを告げる。国道125号線に入り、次いで県道三号線に乗る。これらは大型ダンプがひっきりなしに通る産業道路で、事前に予想していた通りとても走りにくい道だ。

できるだけ道路の端に寄って走るが、場所によっては雑草が生い茂り路側帯がほとんど無い区間もある。どうみても自転車が走ることを想定していない。たぶん地元の人がこの辺を自転車で走る時には別の道路を使うに違いないが、手持ちの地図からそれを探し出すのは難しい。腹をくくって車の流れに合わせていった。雨の中トラックのすぐ脇でスピードを出していた事は今思い出してもぞっとする。

この日の前半はこんな危険な走りばかりでとても辛かった。雨の中で路面に気を遣い、後ろからくる車の気配を察し、道路標識を見てはどちらに行くのか考える。自分のペースで走れず気持ちの休まる時がない。なぜこんなに消耗しなければいけないんだ。と何度も思った。しかしそのうち所沢付近まで来るとなんとか産業道路から抜け出すことができた。

市街地に入り大型車が減るとだいぶ走りやすくなる。自転車用に路肩も広い。そして小平市を抜け、国分寺市で中央線を越える頃には旅の終わりが感じられて足取りも軽くなってきた。多摩川を越える。もうすぐだ。町田に入る。もう着いたも同然だ。そして境川を越えると相模原だ。

17時30分帰宅。自転車の距離計は753.3kmを示していた。

帰宅直前に近所のスーパーでビールと食材を買い込んでおいた。一週間ぶりのビールだ。折角だから好きな肴で飲りたい。疲れてくたくただが最後の力を振り絞って水餃子などこしらえた。

そして飲む。一杯目は今日のひどい走りを思い出しながら、二杯目はこの一週間のあれこれを思い出しながら。

長かった。いろいろあった。完走できてよかった。無事でよかった。

そして三杯目を飲むが、そこから先は記憶が無い。

ツーリングを終えて

ルート全図

いまこうやって地図を見ると、ツーリング中のいろんな思い出がよみがえってくる。出会った人、出会った景色、楽しかったこと怖かったこと。

いつも思うのだが、旅行から戻ると地図の見え方はまるっきり変わってしまう。そこには色彩や奥行きや、それどころか旅行中の空気までもがある。旅行に行く前には気づかなかっただけなのかもしれないけど、今見ると確かにある。

気を付けてみると、地図に限らず旅行前から変わったものは僕の周りのそこかしこにある。たとえば自転車に目を向けると、そこには旅行前には見えなかった「走り方のノウハウ」や「メンテナンスの注意点」や「愛着(男のロマン?)」が現われている。

手のひらを見なおすと、出発前に比べてしょぼくれた感じはだいぶ薄れた。

面白いもんだ。多分これが僕にとっての「経験」なのだろう。もう一度、それらの色彩と奥行きを確かめてみる。僕はこのツーリングでどれだけの経験を吸収できたんだろうか。目的は達成されたのだろうか。

謝辞

旅行のきっかけを作ってくれたYMCCのN氏,Y氏、松尾芭蕉、石川啄木、池田勇人、マリーアントワネット。旅行を楽しいものにしてくれた高野辰之、壺井栄、一関市長、源義経、青葉神社の狛犬、伊達政宗、はまだひろすけ、ピタゴラス、オイラー、ガロア、塞の国のお年寄りとその飼馬、煎餅屋のおねえさん、与謝蕪村、コンビニのおばさん。 旅行中に応援してくれた家族、親戚と友人。その他、多くの方々。

そしてずっと僕を支えてくれたY。

みなさまどうもありがとうございました。

           Kobayashi

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