最終更新日: 2009年8月3日
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                              【完結編】

「佐渡ロングライド」の教え と 弥次喜多道中完結編
2009年5月17日

 太平洋「江ノ島」から遥か日本海「佐渡島」へと本州を横断して繋ぐ、懸案の計画を遂に完結いたしました。
この完結編にて黒幕のO寺さんと合流しました。弥次さん喜多さんはどちらかというとO寺さんに操られるようにして本州を横断し佐渡島に導かれたというのが真相でしょう。
この過程で「佐渡」前夜祭ならびに第1エイドステーションにて名物わかめそばを食せましたこと、帰路の新潟駅前にて名物へぎそばを食せましたことこちらも併せて目標達成できたことをご報告申し上げます。
前夜祭のわかめそばは売り切れ直前の最後の3杯を偶然にも3名で戴けたことが僥倖でした。
この点、佐渡練習会で学習した教訓「仕入れと営業時間の関係」を際どいところでみごとに活かせたといえましょう。
また新潟へぎそばも前回教訓を得た実例ゆえ、同じ轍を踏むことなく満腹できたこと実に嬉しく思います。
今回この計画に係わりご協力を賜った多くの関係者の皆様に改めてお礼申し上げます。

【雨衣について】

昨夜来の雨が降りやまず遂に「佐渡ロングライド」当日を迎えました。
横浜を発つ前から雨天が予想されていたので、雨具を組み合わせで何通りか着用できるよう装備してこの日に臨みました。気温も低いし実際どの組み合わせで臨むか思案のしどころです。
着衣の基本として「濡れても冷たくない」をコンセプトにいたしました。
むしろ積極的に身体を濡らして走るが、決して身体を冷やさない仕様ということに。
肌に直接あたるインナーをウールで、その上に着るレーサーシャツは水気を溜めない化繊のもの。
体幹部は袖無しベスト様の透湿防水雨衣で包むように保温し、いちばん上に薄いナイロン製ウインドブレーカー。脚部は足首までのトレーニング用、SPDシューズがトライアスロン用のメッシュなので防寒用のシューズカバーで包みました。
これで走ったところ、ずぶ濡れでも寒くはなくむしろ体幹部は常に汗ばむくらいに暖かったです。

【自転車について】

自転車は新兵器カーボンモノコックフレーム「クォータカリバー」。
これにカーボンディープリム、コンチネンタル丸タイヤの組み合わせ。
じつに軽い!カタログには「タイムトライアル仕様で高速巡航性を追及」とありました。
もっとも完成車で購入したのではなく、YMCC御用達ショップ「RUN」にてフレーム以下部品を指定して取り寄せてもらい自分で組み立てました。
基本部品はシマノ・アルティグラでまとめましたが、クランクだけはそのデザインがどうにも受け入れることができず他社製品に。
クランク長は敢えて短め165mmにしました、フレームの角度寸法など設計思想から斟酌するにわたしにとっては回転力で高速巡航性を追求するように思えたからです。
前側2枚のチェンリング、後側10枚のスプロケットを駆使するギア比構成も自分で決定しました。

今回は「佐渡上り坂仕様」として前50T×34T、後12T~25Tとロー側をより軽めのギア比に設定しております。前側は極端にワイドレシオですが、通常は箱根旧街道にでも行かぬかぎりここまで軽くしたらかえって走りにくいでしょうね、あくまでも佐渡対策の特別仕様です。
これをシマノお家芸SIS変速システムにて使いこなすわけですが、前2枚後10枚の20段変速とはいえ実際に自分が使用するのはうち10段もあるかどうか。
また軽いフレームって剛性は低いのではと懸念されましたので自分の体重も軽量化に努めました。DVDブートキャンプに入隊し今では体脂肪率15パーセント台を実現しております。
自分の身体は自転車の性能を発揮するための最重要構成部品ですものね。
フレームやら部品やらを軽量化するまえにエンジンを鍛え軽量化を図ることが性能向上の王道でありましょう。
このようにメカいじりを楽しむということはサイクリングというスポーツそのものです。
スポーツの道具を自ら手入れしてこそ真にスポーツが楽しめましょう。
言い換えれば自分で愛車のメカを楽しくいじれるようになれば、サイクリングは「走って」「いじって」2倍楽しめると思います。
この点世間には怪しい風評が流布されているようですので皆様惑わされることのなきよう。

【走り方について】

 当日は朝6時にスタート、制限時間以内に210Km走れば合格です。
走り出しは軽いギアでクランク回転数を毎分90回転に維持し、脚と身体を暖気運転しました。
しばらくは緩走行してたとえ追い抜かれても気にしません。
20Km地点以降はギアを1段落とし90回転で巡航。以降向かい風なら1段軽く、追い風なら巡航ギア比と回転数を維持することに努めました。60Km地点までは適度なアップダウンが続きまして、ブレーキレバー兼任の変速システムを駆使し軽快かつ実に楽しく走れます。
例のランドマーク「Z(ゼット)坂」も超軽い34T×25Tなら少々息切れしながらも楽に登れました。
下りは50T×適当Tで踏みつつコーナーの連続する狭い道を駆け降ります。コンチネンタル製チューブラータイヤのグリップがよく、濡れた路面にあっても粘りつくようなコーナリングをしました。
う~んこれは愉快、愉快!しかしたいした上りでもないのに不必要なくらい過剰に変速を繰り返していたのが後で命取りになろうとは…。

エイドステーションがほぼ20Kmおきに設置してあるので補給は潤沢にできました。
むしろ「食べ過ぎ」により時間を浪費しておりましたね。
雨で体温低下したせいか代謝量が増加するのでしょう、やたら空腹を覚えエイドステーション(AS)ごとに大喰いしておりました。
第1ASなどスタートしてまだ20Kmなのにここで「わかめ蕎麦」2杯を食べ、バナナ2本分の他オレンジ4分の1、スポーツドリンクをカップ1杯摂取していました。
以下次々とASでやたらに休憩、糧食の摂取量もさることながら消費する走行時間の累積を重ねていき、それが制限時間を圧迫していったのでした。
ふつう走りのペース配分を考えるものですが、この大会では飲み食いのペース配分が時間内完走の条件となりましょう。

【トラブル発生と対処】

 160Km地点までは何ら問題なく進出、あと50Kmも一気に走りぬける勢いでしたのに…。
この辺りで降り続ける雨により遂にチェンが油切れ、ギシギシと音を立てるようになりました。
そもそもこのフレーム、タイヤの空気を抜かないことには後車輪が外せないくらいチェンステーが短いのですよ。試みに測ってみたところ長さ400mmを切っているみたいです。
そこに10段分(後だけで!)のスプロケット、これじゃあチェンラインだって無理な曲線を描きましょうし、それがここで油切れとなれば変速性能は格段に低下しますでしょう。
恐ろしいことにほぼ同時に前後の変速器がやはり不調に。
横浜を出る前に200回ほど変速操作をして、変速ワイヤーの初期伸びはすべて取り去ったつもりだったのですけどね。

それからもう一度ワイヤーを後端で詰めてアジャスターを目いっぱい使えるようにしてきたのに。
なのにもうアジャスターでは緩みを取りきれなくなってしまい、そのとたん前はアウターリングに上がらず後はスプロケットが大きい方から2枚も使えなくなりました。
ゴール前の30Kmは距離勾配とも凄まじい上り坂が数ヵ所あって、後25Tが使えなくなったいま前34T×後21Tでは重くて踏めません。遂に歩いて押す破目になりました。
またSPDシューズはおよそ歩くことは考えずに製品化したのか、カチャカチャ音は煩いし濡れた路面で滑りやすくまったく士気を喪失させられましたっけ。
一方下りは34T×12Tでは軽すぎて踏み切れず惰性だけで降下する始末、ああもったいない。

思えば休憩の時にいつも自転車を横にして置いていたのがいけなかった。
それで無用に油分を雨に流してしまったのでしょう、せめて補充用の携帯潤滑油を持参すればよかったと悔やんでもあとの祭りです。
変速ワイヤーが激しく延びたのも、無防備に自転車を横に倒していた報いでしょうか。
そのときアウターワイヤから中を伝わって雨水やら泥水が侵入し摺動抵抗が増えたからだと推測できます。道路の上り下りが多く変速回数は増加、そこへ動き難くなったワイヤーを強引に引っ張ったり戻したりするのですから延びてしまうのはあたりまえですか。
しかしこれくらいで使用制限されるようでは意気地ない話ではあります。
こうなると次は何が障害となって現れるか、いろいろ心配ごとに思考が巡ります。
そのときはいかに対処するか、できれば未然に防ぐにはどうすればよいか…よい答えの見つからない堂々巡りですけど。この状況ではできるだけ丁寧に変速してなだめたりすかしたりひたすらご機嫌をとるだけですし、この頃には走行の主導権を完全に機械に奪われてしまいました。

一昔前の部品で走っていたら、これほどワイヤー調整にデリケートにはならずに済みましたでしょう。ま、変速性能はそのぶん曖昧さを残しますけど信頼性耐久性はこちらが上でしょうね。
現に練習会に使用したランドナーなどこれくらいの雨で性能低下など考えられません。
少々の不都合でも騙しだまし走ってしまいますし、許容範囲が広いというか包容力の大きさを感じます。

それでもなんとかゴールできて面目を保ちました。
O寺さんが途中で待っていてくれて一緒にゴールしてくれたのです。
彼の励ましがなかったら制限時間内にゴールできなかったと思います、この紙面を借りてお礼申し上げます。
N沼さんもゴールの敢闘門で出迎えてくださいました。この日のために一緒に街道練習した同胞です。
このとき3名で得た達成感は生涯の思い出です。これこそYMCC活動の真骨頂といえましょう。
あきらめず完走できてよかったとしみじみ思いました。

その晩、宿舎でSPDシューズを眺め、歩いて減った靴底におもわず嘆息いたしました。
そして来年の目標は「降りずに完走」「休憩時間を削り真面目に走ること」を改めて決意した次第であります。

                       Ogo