2010年9月
天城峠
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基本データ

クラブラン実施日 2010年9月12日(日)
クラブラン名称 天城峠(40周年記念クラブラン No.7)
コース概略 修善寺駅 〜 湯ヶ島 〜 天城トンネル 〜 七滝高架橋 〜 湯ヶ野温泉 〜 伊豆急河津駅 約 45km
集合場所 伊豆箱根鉄道 修善寺駅
クラブラン担当者名 主担当 : O湖、副担当 : M山
レポート担当者 W田(達)
参加者(敬称略) O湖、O橋、O野寺、K又、K林、S石(誠)、S石(洋)、N山、N島、N久、H立、H本、M山、W田(克)、W田(達) 15名
天候 快晴

レポート本文 - W田(達)

40周年記念クラブランの最終回で天城峠である。私は一年間の名古屋赴任から戻り、久々のクラブラン参加である。前日までに一年間に増えた体重を戻す事は出来なかったが、自転車は整備して備えた。

横浜駅集合組7名は、朝から贅沢にもグリーン車に乗り込んだ。せっかくのグリーン車にも関わらず、珍しく誰もビールを飲まない。

三島から伊豆箱根鉄道に乗り換え、10時過ぎに修善寺駅到着。早速組み立てを開始するが、9月だというのに記録的猛暑が続いていたこの日、既に汗だくである。組み立てているとボンネットバスがやって来た。この後の道中でも何度か出会った。

15名が揃い、バスで移動する平本さんと7人ずつの二班に分かれて11時に出発。私は後続の班である。天城峠までほぼ10km、峠から河津までもほぼ10kmの全体で20kmの行程である。川に沿った道を進む。道は登ったり下ったりを繰り返すが、少しずつ高度は上がっているのだろう。川に近い僅かな平坦な土地を農地にしたため、道は山側に追いやられて上り下りを繰り返す道になったのではないかと推測しながら走る。それにしても暑い。途中のコンビニで小休止。私はすでにオーバーヒート気味である。水分補給して再出発。入れ替わって今度は先発の班となる。

昼過ぎに浄蓮の滝に到着。歌に良く聞く滝であるが、私は本物を見るのは初めてである。日本の滝百選にも選ばれているとのことで、落差は25mである。既にここまでの疲労で滝まで降りる階段がちょっとつらい。下まで降りることで涼しさに期待したが、この日の猛暑には滝も敵わないようである。再び階段を上がり、昼食にする。天ぷらそばにした。

昼食後再出発する。山葵棚を横に見ながら登りがつづく。少しずつ傾斜がきつくなっているように感じる。峠が近づいてきてもなお道路上の温度計は31℃を示している。今日は高原の涼しさとは無縁である。峠のトンネルまであと僅かのところで力が入らなくなり、完全にオーバーヒートである。体重を減らさなくては。

かつてのクラブランでは砂利道の旧道を通ったそうであるが、今回は新道である。峠のトンネルを抜けて小休止。後は下るだけである。安全のためさらに4人と3人の二班に分かれて下る。私は後続の先頭となる。数分の時間を置いて出発したのだが、先発組に追いついてしまった。重力エネルギーの差であろう。気持ち良くループ橋を回り、16時前に河津駅着。平本さんと合流する。後続班も16時過ぎには合流した。

特急踊り子で帰途につく。当然車内は恒例の反省会である。

私は小田原で下車であるが、38年の人生で初の失態をしでかしてしまった。自転車を降ろす事に気をとられに、リュックを車内に置いてきてしまったのだ。列車に忘れ物をしたのは初めてである。横浜で下車する皆さんに確保してもらい、私が取りに行くまで待っていてもらうことになってしまった。情けない限りである。

- W田(達) -

「天城越えラン」の安全問題 - O湖

9/12(日)朝から日差しが強く風が弱い。サイクリングは、いつもなら風が弱いことには大歓迎なのだが…。修善寺駅に集合した会員は合計15名。うち路線バス参加のピンさんは、乗車するバスの発車時刻の関係で、目的地の河津駅に先行出発されました。そう、今回のコースは当会としては珍しく、路線バスの運行する国道沿いに行くものです。これが後におおいに助けになろうとは、このときは誰も想像できませんでしたけれど。

 

今回お配りした走行資料は、国土地理院発行の5万分の1地図です。やはり本物の地図は良いですね、地形が手に取るようにしてわかる。「5万分の1地図を読むことはサイクリストの義務です」とは故島田社長が生前よく仰せになり、専門誌への広告にも載せておられたお言葉です。地図を「読んで」走ることをクラブに啓蒙せよと島田社長が夢枕に立たれ、わたしは啓示を受けたのです。

当日は予期せぬくらい多くの参加者を得て、用意した地図が足りなくなってしまいました。せっかくご参加いただいたのにお渡しする事ができなかった方々には申し訳なく思います。

 

この自転車行は14名ですからA班、B班と二群にわけました。それぞれに先頭リーダー、後尾サブリーダーを配します。両班は少々の間をあけて、つかず離れず走行するようお願いしました。これは湯ヶ島まで狩野川に沿って走る行程に、道幅の狭小な地区があるので、通行する他の車輛などについて配慮したことによります。

 

行程は修善寺⇒新道天城峠⇒河津までの約40km。新道天城トンネルは修善寺より南方へ約20km、そのほぼ中間10km地点に所在するのが湯ヶ島です。ここから約5kmで「浄蓮の滝」休憩地、ここで昼食を摂ります。そして約2km登ると「天城越え 道の駅」。さらに約3km登ると新道天城峠のトンネルで、この日の最高地点を越えます。峠越えには理想ともいえるほど、地形としては良い具合に休憩場所が点在するコースとなりました。トンネルを抜けると、あとは東海岸の河津まで約20km一気に下って走了です。

 

中間地点湯ヶ島の商店前で休憩したところ、若干名に疲労の色が…。この暑さですからね、変調をきたしたのかしら。充分休憩してもらって、ここからは男性ばかりのB班先行で登ってもらうよう態勢を変えました。

昼の食事を予定している浄蓮の滝休憩地まであと1km強の地点で1名が下車。この時点でA班7名のうち4名には休憩地まで先行してもらいました。

停車した瞬間に大量の汗が顔から滴り落ち、肩で息をするように喘いでの小休止。Kondo先生の寄稿文が想起されます(注)。K林さんが資料ファイルにて扇ぎ、風を送ってくれます。そして持参のカップに入れた氷にスポーツドリンクを注ぎ、これを飲むように奨めてくれてもいました。またO寺さんは後方より上ってくる自動車を牽制するようにして路側に立ってくださいました。わたしは両者の見事な連携に頭の下がる思いでした。

 

体力の回復を待ちつつも、休憩地まであと少々ですので歩いて行くことに。このあたりの判断が難しいところです。無理は禁物とはいえ、立っているだけでも体力の消耗は避けられないほどの環境には、長居は無用と判断いたしました。

自転車を押して歩き、ほどなくして本隊の待つ休憩地に合流。落ち着いたら食事にしようと蕎麦屋の座敷にあがりました。1名はここよりバス輪行することに。この間に向かい側の蕎麦屋で食事していたB班と打ち合わせし、ここよりさらに先行出発してもらうことにしました。河津駅にバス輪行して先着するメンバーを心配させないよう、そしてすでに先着したピンさんが待ちくたびれないようなるべく時間差を生じない手だてを検討した結果です。

この後あらかじめ本隊に調査してもらったバス時刻に合わせ、自転車を分解袋詰めしました。ほどなくして来た路線バスに乗車していただき、こちらを見送ってB班も出発です。河津ループ橋など2回転もしながら走り抜け、そのまま一気に河津駅に到着しました。

 

今回の主題は「安全走行」。この件、当クラブの歴史的課題です。これを考えていて、わたしは自身のこれまでの認識の甘さを猛省いたしました。それは天候、気候についての対処です。普通人の日常生活に障害となる程の日射と猛暑。これまでのクラブ行事に於いて、今回ほど天候危機に直面したことがあったろうか。

当クラブもこれまで風雨によるものは何回か経験済みでした。しかしここでの安全走行とは、濡れて滑りやすい路面をいかに安定して走るかという面。つまり走行技術的な面に重きがあったのです。身体を風雨に晒すことによって引き起こされる体温低下、体力の消耗など、これまでクラブランとしてこれらを懸念するほどの寒冷地や標高の高い地点へ行くことはありませんでした。それほどの危険地帯へ踏み込むことはなかったわけです。

ところが天城越えでは、猛暑による体調不全を惹起してしまった。ここは日常なんら問題無く見える標高、道の勾配、走行距離です。単に日差しが強く、暑かっただけ。自然を甘く見てはいけないことを痛感しました。

− O湖 −

注:参考資料「熱中症とその対策」Dr.Kondo
 Kondo先生、ご寄稿ありがとうございました。

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